手元に残った2冊の黄表紙

先日久し振りに、3月迄通学していた大学に行ってまいりました。今更ながらの「学生生活」でしたが
日常的な実務に追われるなか、同年代で再び通学する知人に刺激され入学した訳です。
特に西洋建築史・設備系に弱い私は、可能な限り学部・MRの講義に参加し、頭脳の活性化にと
奮闘いたしました。
通学のために20才を迎えた「ソアラ」君は長期休養に入ってもらい、高速バスと食費のかからない
1300CCのミッション車
による通学となりました




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広大なキャンパス内には、桑畑もあります。どこかの学部で「養蚕」でも行っているのでしょうか?



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工事中であった幾つかの校舎も完成していました。工学系の図書館も広大に拡張されました。数十種の月間、
季間の洋・和書を閲覧するのも、通学の楽しみでした



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記念講堂の内部です。1962年に学会賞を受賞した、槇先生のデビュー作品です。
ハイ・サイド開口等、コルビュジェの手法が随所に感じられます

解り易い空間構成であり、学生の皆さんの良きスタディ・モデルになっています。


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駐輪場は「杉」の間伐材で組まれていました。川上の山林保全を強く意識したものと思われます。


南信州にて創作活動を行っていますと、建築・地域計画において、地域文化・生態系・地域環境との輪廻は必須条件であり、地域に同化しながら自然エネルギーをいかに上手に摂取するかが計画時のテーマになってきます。

飯田市は「環境モデル都市」に指定されていますが、小さなエリアゆえか、地域の皆様方の「環境意識」
の大変高い地域であり
、日々の地方紙には必ずNPO等の活動が掲載されています。
そんな想いの中、入学時にはゼミの中で南信州の循環型、地産地消の中で産まれた幾つもの建築物、
再生事業等を紹介させて頂きました。


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南信濃の中山間地域の「農村原風景」

ゼミの旅行は南北に長き信州を横断し、建築士の介入により実現できた多孔質の人工池を持ち「信州産の
カラマツで構成された美術館」や、山深き南信濃村の「遠山卿
」を訪れました。
閉鎖されたゆえに独自の山村文化を持つ「遠山卿」では、宿である「島畑」の御主人より「1町部
の杉の山林が300万でも売れない」
という山林の現況を伝えて頂きました。


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南信濃「遠山郷」の民家、かっては林業で栄え、6000人余の人々が生活していました

都会と地方は、川上と川下の関係しかり常に同一体系にある訳で、都心部の与条件のみで計画を判断
してはいけない訳
です。
「島畑」の山村料理である、囲炉裏を介しての「シシ鍋・鹿肉・豊富な山菜」は、学生の皆さんには
衝撃的な体験だった事でしょう。

私事ですが、在学中に十数年取り組んだ「南信州の古民家の再生」を「日本建築学会
計画系論文集に公表
する事が出来ました。「計画編」と「構造編」に分離して2010年、2011年
に公表させて頂きました。実務報告の延長上であり、技術報告書に近い内容ではありますが、担当教授・
査読の先生の御指導により掲載する事ができ、大変感謝しています。

「民家」の研究報告は多様にわたり報告されていますが、明治以降「民家」に多大な影響を与えた「養蚕業」
との関連性を実態面から報告した論文は希少
であり、機会をつくり「技術報告集」でも投稿してみようかと
思っています。

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2010、3月号と2011、8月号の「日本建築学会計画系論文集」

建築学会」の論文も1年を経過すれば、ネットにて閲覧出来るようになりました。検索ワードを入れれば
巾広く閲覧出来ますので、計画時の参考資料としてアクセスしてみるのも良きかなと思います。