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信州は群馬県と共にかつて養蚕業が盛況でしたが、南信州はその中でも有数の養蚕生産地域でした。 飯田市座光寺地区には、明治期の養蚕盛況時に建てられた古民家と、江戸からの本棟造の古民家が約40棟残存しています。座光寺地区は農振地区に指定されている為、緑豊かな耕作地が拡がり、程よい間合いで「古民家」が美しく点在しています。
今回再生工事を行う本棟造の「T邸」は残された鬼瓦に「文化8年・1811年」と記され、約200年前の建築物と推定されます。

元来江戸期に「本棟造」を建築できたのは一部の特権階級であり、今更ながら「T邸」の格式の高さを感じさせられます。 玄関を入って左側二室が奥行き三室間、開放的に並び、右側が土間空間というのが、本棟造の一般的な建築時の姿です。
江戸後期から南信州に引継がれる本棟造は、南面の床付和室部と、北面の土間部の軒高が、低く押さえられ中央の和室の階高が高い断面形状によりゆるやかな3寸強の屋根勾配を構成し、大変美しいプロポーションを構成しています。

「T邸」は現在迄大きな模様替えも無く水廻りが数年前にD・K形式に改修された位で、5間の「牛梁」も残され、本棟造本来の美しさを現在迄伝承しています。
信州は明治期から昭和初期迄、養蚕業が盛況であり養蚕業を賄う為の建築的な影響を「T邸」にも見る事が出来ます。
内部の建具を取り払った状態です。1階だけで70坪近い本棟造の巨大さ、柱と建具のみで区画されていた生活空間がよくわかります。
貴重な箱階段も残されています。上手に手を入れ、機能的に活用したいと思います。
大黒柱を介して田の字型に巨大な梁と差し鴨居が組まれています。一番民家らしさを感じるアングルです。
200年前の竹組による天井・各和室の左官仕上げによる隔壁で大変丁寧な仕事です。
南信州では養蚕業が明治初期に始まり、大正期にはピークを迎えます。「T邸」の土間下には、レンガ造による桑の貯蔵庫が残されていました。
タタミ下から出て来た「炭こたつ」跡です。金属製の筒は炭を入れた物でしょうか?
床の大引・根太を全て取り払いました。床下は乾燥状態も良く問題有りません。
基礎の床掘りをした状態です。土台は現行基準法に合わせ、GLより上げてあります。
大黒柱の周囲です。田の字型平面に合わせ、基礎補強を行います。
枠組足場によって梁を支えています。建物全体の傾き、レベル等を修復しながら、土台を一通りづつ入れていきます。 大変根気と労力のいる仕事です。
土台・柱の加工は全て現場での手作業になります。全て南信州産のヒノキ材を仕様しています。
2008.06.29 | Comments(0) | Trackback(0) | 現場情報
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Author:pikacha
信州に暮らす建築士の語り